今回の「職」では、古代メソポタミアの王女を飾るアクセサリーのために生まれたとも言われる「パート・ド・ヴェール」の技法により、美しいガラス工芸を生み出している三河祐子さんを紹介します。
由布岳、鶴見岳、高崎山を望む由布市挾間町の高台に三河さんの工房はあります。訪れた日はあいにく梅雨の曇り空。でも周囲の田園をわたる風は爽やかです。
三河さんがガラス工芸に出会ったのは、進路にどこか迷いを覚えていた大学4年の冬。ふと立ち寄った旅先の美術館にあったエミール・ガレ(※アール・ヌーヴォーを代表するフランスのガラス工芸家)の作品が三河さんの運命を変えました。
「それまでは絵を描いたり、アートを見たりすることが好き、という程度で、美術とは全く無縁な生活でした。でも、パート・ド・ヴェールという古い技法で作られたそのガラス工芸作品を見たとき、ことばでいいつくせないほどの感動と衝撃が走り、自分が探していたものはこれだ!と思ったんです。」という三河さん、旅から戻るやいなや書店をめぐってガラス工芸の本を読みあさり、旅の3ヶ月後には当時まだ数少なかったパート・ド・ヴェール技法の専門課程を持つ学校に入学していました。
「もともとはそれほど衝動的な性格ではありません」と笑う三河さんですが、それほどまでに惹きつけられたパート・ド・ヴェール技法のガラス工芸の魅力とは一体なんなのでしょう。
パート・ド・ヴェール技法の作品は、ガラス工芸として一般的な吹きガラス等とは違い、作りたいものの原型を粘土で作り、石膏でとった型にガラスの素材を流し込んで低温で時間をかけて焼き上げるという方法で作られます。
原料となるガラスは、透明な粒状をしていますが、それに色ガラスという、いわば絵の具のような役割を果たす、色のついたガラスの粉を混ぜ合わせることで、その配合によって無限の色彩を生み出すことができます。その透明感や色の違う素材のガラスを一つの作品の中で組み合わせることにより、さらに微妙なグラデーションや色の混ざり具合を表現することができるのです。
また、型に入れて低温で焼き上げるため、仕上がるまでの温度管理も非常に重要です。ある程度の大きさの作品であれば1週間はかかる、という焼き上げの間、経験をもとに微調整していきますが、型に入っているため作品の状態は分かりません。
「わずかな違いで作品の厚みや表面の質感が変わってきます。また、温度の加減次第では型から出した後で割れてしまう、ということもあります。でも、色の配置や温度の違いでさまざまに変化できるパート・ド・ヴェールだからこそ、計算しつくせない自然な美しさを作品にこめることが出来るのです。」と三河さんは教えてくれました。
もともとは県外でガラス工芸の勉強を続けつつ、公募展等に出展する作品を中心に制作していた三河さんですが、1996年、ガラス工芸作家としての独立を機に、生まれ故郷である大分を制作拠点とすることにしました。
「外の世界を見てみたいと思い、東京に行き、ガラス工芸に出会うことができました。また、勉強中は北陸の厳しい自然の中で仲間と切磋琢磨する生活を送りました。首都圏や外国への誘いもありましたが、この大分に帰ってきたとき、あらためて、ふるさとの空ってこんなに広かったんだ、人も気候もあったかい、こんなところで自分の中から自然にわき上がるものをかたちとして制作していきたい、と思ったんです。」
ふるさと大分の良さをそう語ってくれた三河さん、今は工房の窓から美しい山々や広い空を眺め、風を感じながら、自分が美しいな、かわいらしいなと感じるままに、皿や花器、アクセサリーなどの作品を作っているそうです。
「パート・ド・ヴェール技法のガラス工芸は、非常に手間がかかるため、あまり一般的には制作されていません。でも、本当に美しいんです。工房に作品を置いていますが、差し込む光のうつろうままに、光を透かしてきらきらと輝き、さまざまに色の表情を変えます。それを見るたびに、あぁ本当にパート・ド・ヴェールって美しいな、とほれぼれするんです。この美しさを少しでもいろんな人に知ってもらいたい、身近において感じてもらいたくて制作しているんです。」
パート・ド・ヴェールの魅力を作品を通して広めていきたい、そう語る三河さんの目は本当にガラスのようにきらきらと輝いていました。
○お問い合わせ先
三河 祐子
〒879−5511 大分県由布市挾間町古野25
電話 097−583−0084(呼)
FAX 097−583−0084
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作品名「風の詩」 グラデーションが美しい重ね皿です
色の混ざり具合が楽しいアクセサリーたち
「空皿」 パート・ド・ヴェールならではの表現です
自然なかたちがまわりの景色になじみます
作品に取り組む三河さん
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