かつて天領として栄えた日田。春には「天領日田おひなまつり」が催され、旧家に伝わる豪華な雛人形が飾られた風情ある街並みを散策する人々で賑わいます。特に歴史ある建物が多く、観光客の人気を集める豆田町の一角、天保年間に建てられたという趣ある建物の中に、今回ご紹介する日田漆器職人、相澤秀一さんの「相澤漆芸工房」はあります。
日田漆器の歴史は、明治時代、もともと林業が盛んなこの地域に新たな産業を興そうと技術者を養成したことに始まります。日田漆器の技術者からその後画家となった宇治山哲平など多くの優秀な職人を抱え、一大産業として栄えましたが、戦後は時代の変化に伴い、日田漆器の職人も次第に数を減らしてゆきました。
相澤さんは、その数少なくなった日田漆器の蒔絵師であった父、静舟さんから日田漆器の技術を学びました。本来、漆器は分業で作られますが、日田漆器の塗師も姿を消した今、相澤さんは塗師、蒔絵師のどちらの工程も一人で行い、日田漆器の唯一の継承者と言われています。
漆器の製法にはさまざまありますが、日田漆器は、下地から最後の上塗まで、全ての工程で本漆を用いる「本固地(ほんかたじ)」という技法で作られます。木地に漆を塗って、乾かし、表面をなめらかにするために研いで、また漆を塗る。その作業を積み重ね、木地の上に幾重もの漆の層を作ってゆくのです。
「本漆は乾くのに時間がかかるため、1日1工程しかできません。漆の層の厚みが価格に反映しますし、完成までに時間もかかりますが、科学塗料では出せない漆本来の色、時間が経つほどに増す色の深みや透明感が、本漆を用いる日田漆器の美しさだと思います。」と相澤さん。
相澤さんは、この本固地の技法を応用した「乾漆(かんしつ)」という技法でも作品を作り、多くの賞を受賞されています。これは、漆器の土台に木ではなく布を使うもの。石膏で作った型に布を貼り、それに漆を塗り重ねて木と変わらない重厚感、木に優る丈夫さ、軽さを持つ漆器が出来上がります。通常の何倍もの工程と手間がかかり高価なため「買ってくれる人はなかなかいない。」と相澤さんは笑いますが、作りたい形を自由に作れるのが乾漆の魅力、とのこと。横から奥様が「もうこれで終わり、と言っていたのに何日かするとまた研ぎ出して漆を重ねています。いつ完成するの、と思うほどですよ。」とおっしゃっていましたが、高い完成度を求める職人さんならではのエピソードだと思いました。
「漆器は手入れが大変、と思っている方も多いのですが、もともと日本人が日常に使ってきたもの。我が家でも普通に毎日のように洗って使っていますが、本当に丈夫。何より熱いものを入れても手触りがよく、口当たりもなめらか。使うたびに艶も色の深みも増していくので、普段の日常生活の中でどんどん使ってほしい。」とのこと。
「昔ほど売れるものではありませんが、遠くからわざわざ買い足しに来られるお客様もいらっしゃいますし、常にいい仕事をしていないと。職人ですからね。」と最後におっしゃた奥様の言葉がとても印象に残りました。
○お問い合わせ先
相澤漆芸工房(あいざわしつげいこうぼう)
〒877−0005
大分県日田市豆田町10−2
電話 0973−22−7588
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彩り美しい棗(なつめ)。
乾漆の器1。この重厚感にして驚くほど軽い。
乾漆の器2。朱のグラデーションが美しい。
愛らしい豆びな。指先ほどの大きさに日田漆器の技法が凝縮。
工房の相澤秀一さん。
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