大分県の南西部に位置する豊後大野市は、祖母山、傾山、阿蘇外輪山などの山々に囲まれ、起伏に富んだ地形を活かすとともに、大小の河川を集めて別府湾に注ぐ大野川の豊かな水利があり、県内屈指の畑作地帯を形成しています。また、今から9万年前、阿蘇山が大噴火した痕跡が今も残り、自然遺産を生かしたまちづくりも進められ、平成25年9月に日本ジオパークに認定されています。
その広大な地形は「大分の野菜畑」と呼ばれるほど多彩な野菜が栽培されていますが、今回は豊後大野市が県内最大の産地である「サトイモ」を紹介します。
食用のいもはタロイモと総称され、サトイモはそのうちの一種となりますが、山地に自生していたヤマイモに対し、里で栽培されることからサトイモという名が付いたとされています。サトイモは、古くから山間部では農耕儀礼や儀礼食として多く用いられ、現在でも縁起物として正月料理に使用されるなど、日本の食文化と深い関わりを持った伝統野菜です。
10月上旬、収穫のピークを迎えた豊後大野市犬飼町柚野木地区でサトイモを栽培している長野修一(ながのしゅういち)JAおおいた豊後大野事業部大吉(だいきち)部会長さんを、豊後大野市役所農業振興課主幹の井上さんと訪問しました。
長野さんのお話によると、現在、JAおおいた豊後大野事業部では3つのサトイモ部会があり、大吉部会は15名で栽培面積は1.5ヘクタール、生産量は年間24トン程度とのことです。大阪方面を中心に出荷していますが、生産者の高齢化に加え、栽培品種(アカメ)の特徴である赤紫色の皮を残すため、皮むき作業を全て手作業で行うことから、生産量が他品種に比べて少ないことが課題となっているそうです。
サトイモは煮物の材料として使われるのが一般的なイメージですが、井上さんは、「豊後大野市では「里まるくん」のネーミングでPRしており、和食はもちろん洋食や中華など、どんな料理にも使え、他の素材の邪魔をしないところが特徴です。」とお話されました。
坐来大分では10月中旬からのメニューで豊後大野の豊かな自然の中で育まれたサトイモを使用しています。是非ご堪能ください。
■JAおおいた豊後大野事業部
大吉部会長 長野 修一氏
〒879-7303
大分県豊後大野市犬飼町柚野木3479-1
〈伝承料理研究家 金丸 佐佑子さんのお話〉
「衣被(きぬかつぎ)」
サトイモの料理名です。なんと響きのよい優雅な料理名でしょう。サトイモの子イモ、孫イモを皮付きのまま、塩を振りかけて蒸したり、茹でたりするだけの本当に素朴な料理です。にもかかわらず名前は平安時代の女性の衣被からきていると聞いています。仲秋の名月に必ずお供えされることも神秘的です。
七十年程前のことですが、十年間も待った末に内孫として生まれた私はとても可愛いがられました。とりわけ祖父は猫かわいがりでした。四才の誕生日にガラス製のお皿が入ったママゴトセットをプレゼントされました。一日中それで遊んでいたそうです。今でもガラスの皿の美しさが記憶に残っています。同じようなガラスのママゴトセットが欲しいと思い探し求めていますが、プラスチックの全盛時代の現在、未だにお目にかかっていません。
小学生になって、私のママゴト熱は益々激しくなりました。講堂(体育館)の床下に古くなった不用のお茶碗やお椀を隠し、休み時間にそれを使ってママゴトをするのです。花や草や土が料理の材料。勿論、私がお母さん役で料理したものを友達に振る舞うのです。本当に楽しかった。
中学生、高校生になってからは、お正月料理に熱中。手伝いがいつの間にか祖父のおだてに乗って年々レパートリーが増え、食材の購入までするようになりました。多分誉められる快感とお年玉を貰うことが目的だったと思います。
高校生になっていよいよ進路を決定しなければなりません。長い間、私を見守っていた祖父に「お前は料理が好きだと思う。栄養士という資格があるらしい。どうだ。」と助言され、家政科栄養士コースを志望。ところが入学してすぐに家政科に疑問を持ったのです。私たちの世代は誰でも家事や料理は親の見様見真似によって一通り出来ます。四年間も改めて学ぶ必要があるだろうか。学問とは、日常から程遠い法律や文学、経済などをさすのではないかと思ったのです。
その迷いの最中、友人と喫茶店に行きました。アイスクリームを注文しましたら、ウェハースが付いてきたのです。アイスクリームにウェハース。ウェハースの目的はなんだろう。たいしたことではないはずなのに妙に気になりました。それから数日後の調理科学の講義の時「料理には適温があります。例えばアイスクリームを食べ続けていると口の中が冷え過ぎで美味しくなくなるので、休憩にウェハースを食べるのです。」そうなんだ。私のひっかかっていた疑問が解けると同時に私の一生もこれで決定。学問の種は日常の中にある。私のように日常の中にある学問の種を気付かない人に種を一緒に探す仕事をしたい。気を入れて勉強しようと。単純ですね。ウェハースが高校家庭科教員を目指した動機でした。たかがウェハースされどウェハース。これ以来、半世紀、食に関わってきました。
教員になろうと決心した私は同時に壮大な計画をたてたのです。四年間で「飲食事典(平凡社)」を読破する。事典の貸し出しは出来ませんし、求めるお金もなし。暇を見つけて図書館に通いました。読破したというだけで覚えている訳ではありませんが「衣被」は覚えているのです。田舎育ちの私の日常にはサトイモは欠かせません。「サトイモの煮ころがし」「ふくめ煮」「団子汁」「ぼっかけ」「にぐい」等々。全て美味しい。けれども感動したり食卓に話題を提供することはありませんでした。日常にあればある程話題を提供しなければならないはず。仲秋の名月、衣被の名前の由来。図書館での感動はウェハースと同じものでした。
大分県豊後大野市でサトイモを「里まるくん」とネーミングした由。まだまだ地元での「里まるくん」の呼称は普及していないようですが、私的にはとても嬉しい。サトイモ料理が若い人達にもっともっと普及して貰いたい。サトイモは親イモが立派になれば子イモ、孫イモが立派に育ち、親イモを超える味になると聞いています。これは分かりやすい例えで子育ての原点なのです。教員の私にとって、とても大切な食材であり座右の銘でもあります。
若い人に期待したい。日常茶飯に「学問の種」も「子育ての原点」もあるのだと。サトイモ料理をおしゃれにそして食卓の話題に上るように。たかがサトイモ。されどサトイモなのです。
総合監修
生活工房とうがらし 金丸佐祐子(平成27年10月)
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収穫期を迎えたサトイモ畑?
収穫期を迎えたサトイモ畑?
出荷前のサトイモ(里まるくん)?
出荷前のサトイモ(里まるくん)?
生産者 長野修一さん(左側)、豊後大野市井上主幹
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